バロン 2020秋冬へ

引っ越してくるずっと前から、どうやらそこに居たらしい。

仲良しのクリーニング屋のおばちゃんが、もう10年以上前からずっと居るよ、と教えてくれた。

人間の約5倍のスピードで歳を取っていくそれは、飼われてるわけでもないが、野良でもない。小さな2階建てのアパートの階段の下を住処とし、いつもそこに居る。男なのか、女なのかわからないのだけど、私は勝手にバロンという名前を付けた。クリーニング屋のおばさんは、みーちゃんと呼んでるみたい。きっと他にも名前は沢山あるに違いない。夜中にどこかに行くのだろうか?毎朝「なよーん、なよーん」と泣いて住処に帰ってくる。

(あ、帰ってきたな。)

と、暖かくなった早朝の布団の中でその鳴声をじっと聞きながら、もう少し寝ていたいとまたウトウトする。

私の家の2階から、丁度覗き込めるバロンの住処。夏は、日陰になった階段下のコンクリートに、べっとりと寝そべっている。冬が心配だなぁと思っていたのも束の間、秋の終わり頃に小さなカマクラの様なものに雨よけのビニールシートが覆われたバロンの冬用の家が毎年設置されるのだ。バロンは誰かに半分だけお世話されてるのだ。週に何度か、昼間にやたらと鳴いている時があった。

(いつもより、ちょっと鳴声が甘ったるいなあ。どうしたんだろう?)

そう思って、カーテンを開け覗くと、カマクラを設置したであろうおばさんの膝にちょこんと乗って、撫でられていた。

きっとみんな、バロンを見ている。

時々、違う人からも話かけられたり、近所の大家族が住む家の台所の窓の前でご飯をもらっていたりもした。そしてまた、あの住処に戻るのだ。

私が家から出かけた帰り、大家族の家に続く道の端っこをゆっくり歩くバロンとすれ違った。

(あ、どっか遊びに行くんだ。)

「行ってらっしゃーい」

と言うと、「なーん」と返事をしてくれた。

そうやって、バロンを見守る観察の様な日々がもう6年くらい続いている。きっといつかこの穏やかな見守る日々は終わってしまうのだと思いながら、冬が来るたびに「あと少しであったかくなるよー。」と声をかけ、暑い夏が来ると「もう少しで涼しくなるよー」と言う。大雨や台風の日は、ここに避難してくれれば入れてあげるのにな、と思いながら叩きつける雨音に不安になる。どこに避難してるのかな。大丈夫かな?次の日の早朝、何事もなかった様に「なよーん」と鳴いて住処に帰ってくる声を聞いて、

(あ。帰ってきた!)

と布団の中で心底安心する。

電車に乗ることもなく、この町内の小さな半径70メートルくらいの中がバロンの世界の全てで、そこに来る人々はお世話をし、心配し見続けて、バロンがいるかどうかを確認して、いたら安心して。みんな片思いの様な気持ちで見ているのだ。

今回、このゆっくりとした優しい日々をお洋服にしてみたいと思った。

バロンがいつも座っている冬用のお座布団の様な敷物。ずっと撫でていたくなる様な肌触り。自然そのものの色からできているあったかくて、柔らかくて、ウトウトしちゃう様なお洋服や、バロンのキラキラ光る瞳のようで、ピンと伸びた髭みたいな不思議なテキスタイル。

伸び伸びと毎日を過ごすバロンの様な自由で穏やかな気持ちへ。

 

 

2020年秋冬コレクションに続く。